今の時代ならば、FaceBook や Twitter で奴は”フルボッコ”だろうな !

フルボッコ(ふるぼっこ)とは「フルパワーでボッコボコ」の略である。すなわち、「一方的な展開で打ちのめすこと、あるいはされること」である。

このブログ … またはこの前のウェブサイト「ブリッジ・シティス」(http://bridge-cities.com)の時代から訪問されている方は記憶にあるかもしれませんが、15〜20年くらい前に一度だけ、セブ島で口喧嘩でやりあったことがある。私は若い時には多少の「やんちゃ」けがあったが、仕事柄(接客・サービス業)本性はひた隠しにしていた。

しかし、あの時は違った …

私の覚えている自身の言葉としては、「お前、2度とその”阿保面”下げて俺の前に出てくるな〜! 見かけたらどうなるか知らねえぞ〜!!」だったと思う。まあ、喧嘩何ってもののきっかけは些細なことで、相手が言い放った言葉であった。

その頃はあまりなかった昼間から酒の飲める、日本風居酒屋でのことであった。野郎は何が気に入らなかったのか分かりませんが突然、私に向かって「俺はフィリピン歴は人より長い … お前のような若造(当時40歳前後)に生意気なことを言われる筋合いのことはない。(生意気なことは言わせておけない)黙ってろ !!」
一緒に飲んでいたわけじゃあなくて、全く関係のないテーブルの”変な親父”から唐突にかけられた言葉であった。後から聞くとかなり飲んでいて酔っていたようだ。そしてその”変な親父” … 度々酒を呑んだくれて、あちこちで”酒乱のように見境なく”同じような事を起こしていたようだった。

その”変な親父”は実際にはマニラの方から流れてきたばかりで、セブ島のことはあまり詳しくなかったようで、もちろん私や友人のことも知らなかったようだった。その後しばらくは顔も合わせなかったので、事が大きくなり揉めるようなこともなかった。何年か前からそれらしい”変な親父(麻原彰晃みたいな呼称)”が「セブ島関連ブログ」の記事になっているのを目にすることがあったが、最近、”変な親父”自体がブログをやっていることを知った。

“変な親父”は田舎暮らしを自慢していたが、最近ではシティに住んでいるようだ。大きなお世話だろうが、良い歳して小さな子供もいて、大いに頑張っているようである。「口喧嘩事件」のあった当時には、自分のウェブサイトの「掲示板」で叩いちゃおうかなと思いましたが、セブ島のことを紹介しているサイトが少なかったこともあり、そこは止めておいた。

今ならば、携帯電話にカメラも録音機能、動画撮影機能などがあり、証拠があれば FaceBook や Twitter で恐喝、名誉毀損で”フルボッコ”は間違い無いですね。

20年前と今では時代が大きく違います。若い語学留学生やIT関連の青年実業家(起業家)が IT-Park やシティを闊歩する時代です。変な親父が居酒屋や飲食店で日がなし飲むお店もないでしょうが、絡んだりして、相手の機嫌を損ねて、録画、録音されちゃったら裁判沙汰になるでしょう。特に実業家気取りの若者たちは集団で動く習性があり、問題が起こった場合には弁護士、警察関係、セブ島の有力実業家なども用意(巻き込む)できるだけの人脈も金脈も大いにあるかと思いますので、「老兵は戦わずして静かに去るしかない(尻尾を巻いて逃げるのです … )」を決め込んだ方がベストだと思います。

何十年も前のことを書きだしたりすると「もう、先が短いかな ? 」と感じるのですが …でも、25年もセブ島に関係している(自身の仕事などは一切していない(起業)がアルバイト経験あり)と多くの人と関わりがありました。残念ながらお亡くなりになった方、日本でも家族の事情で帰国された方、行方が分からなくなってしまった方(私が探し出せないだけかも)など色々居られますね。

特に今でも懐かしく思い出すのは、ゴルフやウェブサイト制作でお世話になった日本料理店「呑ん気」の町田氏(奥様には今でも私たち夫婦は声をかけてもらってます。)である。私には氏はとても優しく可愛がってくれたゴルフの上手い”おじさん(そんなに年の差はないと思うが … ?!?)”でした。氏が今の呑ん気(本店)をマンダウエに開店した当時からの知り合いでした。アルタビスタやセブカンにゴルフ、仕事といって呼び出され、カウンターで酒の肴にされました。氏がそれ以前に元チロリンのKENさんと共同経営していた「CEBU」カラオケ(フェンテ)の話はかなり後年になってから聞いた。
・ マンダウエ本店
・ SM 店
・ マクタン店
・ J-Mall 店
・ J-Park 店
・ ダバオ店
町田氏がお亡くなりになられた後も、奥様のギンギンさんは益々頑張ってビジネスを拡張されています。道楽親父も”草葉の陰(馬鹿)”から応援したいと思います。

日本料理店「夢屋」の須田さんは「3人麻雀」でお世話になりました。富士宮の三井くん(亡き人) … 頭が薄くて年上に見えたので”三井さん”と呼んだら怒られた。^o^:: 麻雀のメンバーでマクタン島の日系ホテルのマネージャーをしていた村田さん(帰国)、元某有名製薬会社勤務(セブ島では”インターネット株屋”)の方で皆、UEさん(ウエさん)と呼んでいたが子供の教育のため帰国、ゴルフがプロ級で麻雀も上手かった … カジノでのギャンブルが大好きだった方(麻雀で負けてウォーターフロントまで車を飛ばして、1時間くらいで帰ってきてカジノのコインを見せて”取り返した”と … 体も大きかったけれど”豪快”でしたね。)、ゴルフ仲間で日本の公共工事の設計(下請け)をしていた方、離れ島で彼女と暮らしていて、勝手に死んだ”大ボラ吹きのシュウさん”、”青山の坊々”ラフッグの山口さん(亡人)、N-TAXI の吉田さん(元気かな〜 ?!?)、ミンガネリアからセブ市内に戻ってきて中古車屋さんをやっていた方(年齢も年齢だったから …)、居酒屋「琴」のおかあさん(マクタンの空港ボーディングゲート近くでで喫茶店をやっていた)元気かなあ〜 ?、日本居酒屋「神楽」で麻雀をしていた頃のパンチ小川さん、メプサの西田さん、他2名の方、NAOKIさんにも会ってないなあ … 日本食材店「町屋(KOMACHI)」のNABEさん、珈琲「笑顔」のMIKEさん、元日本人会会長の岡さん、SNS(新日系人ネットワーク)の川平さん、サンシャインの新留さん、良くアルタビスタ(ゴルフ)に連れていってもらった工藤さんにもお目にかかっていませんね。

25年も居ると … まだまだ出てくるわ、いっぱい出てくるわ …懐かしい方はいっぱい居ますが、名前を思いだしたり忘れたり … 若くして「痴呆症」何かにはなりたくないもんですなあ。

今日は何故かフルボッコにしたい”変な親父”のことを思い出しましたので記事にしてみました。

道楽親父もみんなと同じように年をとったのか ? 「フルボッコの的にされてもまずい。」と、思うような弱気な気持ちになってしまいましたので、最近では「不要、不急の外出」をしないことにしてますので、マクタンの自宅までいらっしゃる方とはお会いしますが、自分からシティまで出かけて行ってまで、お会いしたいと思う方(興味がある方)があまり居なくなりましたね。

こうなると人生も終わりかな ?!? 日本の病院へ定期的に通わなければならないような病気持ちだし、最近では日本-セブ島の往復が面倒で嫌になってきている。そろそろ終わっても良い頃かな ?!? 道楽親父は今まで散々やりたいことはやってきましたから、思い残すようなこともさほど有る訳でもありませんからね。

寝たら、そのまま起きてこなかった … 声をかけても返事がないので診てみたら”逝っていた !!” ってのが最良ですな〜あ ! その様子(詳細)を部屋の天井にしがみ付いて見下ろし眺めている自分がいる。もしかしたら生きている人たちから小突き回されるかもしれないし、中には枕元で涙を流してくれる優しい人もいるかもしれない。道楽親父はそんな涙を流してくれる人たちに囲まれて逝きたい … 逝けたら最高に幸せだ。

こんな写真を撮っておこうかな ?!? 黒縁でね …

葬式無用 戒名不用 … などと言ってもセブ島で亡くなれば、「葬式無用」ともいかず、嫁さんが葬式くらいは出してくれるだろう。日本には入る墓も無いし、参ってくれる人も無いだろうから、嫁さんの両親と同じ墓地(リロアン、メモリアルガーデン)の一角にでも埋めてくれれば良いし、そうすれば戒名など不用だと思っている。

どの道ここじゃあ〜、ただの異邦人(”違法人”じゃあない !)

座布団10枚級の面白さ ! 絶対に聞く価値が有りますよ。

昨夜から寝ていても喉が痛い … 風邪でも引いたかなと思い、のど飴を舐めてはいるが、一向に良くならない。タバコは切らさずに吸っている … こんなことじゃあ絶対に治る訳ながない。そうだよね〜 やっぱりね〜 ! と”お馬鹿な自問自答” … 喉の痛い風邪じゃあなかなか死なないだろう … ではでは、

皆さん、生きていたら”また明日” …