不肖 藁科豊 "道楽親父"のこれがセブ島(フィリピン)お気楽生活だ … !

道楽親父の心得

「武士の心得」300年前に生きたサムライ15の名言

という記事がありましたので、”完全パクリ”でちゃっかりページに取り込んでみました。
しかしそのまんまってのも何も芸がないと思い、「武士」というところを「道楽親父」に置き換えて自分なりに書き加えてみました。

* 【】 の中がその記事です。

作家のJustin Gammill氏は、日本人にも馴染みが薄い、ある江戸時代の武士の名前を挙げ、「時代を超越した概念と精神性が武士道にはある」と主張しています。従属的な心構えから礼儀、人生観や死生観すべてに通ずる、大切な教えを「I Heart Intelligence」に紹介しています。

その人物とは、山本常朝(やまもとじょうちょう)。その名は知らずとも、この有名な一節は聞いたことがあるのでは?

武士道とは、

死ぬことと見つけたり

01. 「命か忠義かを選べと問われたなら、自分の命など微塵も惜しくはない」
今の世の中では忠義だ何って言ったって、誰も立派などと思ってくれないだろうし忠義を立てる人も物もないのではないでしょうか ?!?

02. 「仕える主人が厳格過ぎては、家臣の信頼は得られない。だが、主人が信用しすぎると、家臣は手に負えなくなるものだ」
そうだよね … 何が何でも自分がやってしまってもダメだろうし、今時、人任せではどこへ行ってしまうかわかりませんからね。

03. 「ひとつごとに悟りを開ければ、どんなことにも精通し多くのことを理解できる」
その一つを人生60年も生きながら見つけられないで”アジアの片隅”をさまよっている、道楽親父でございます。

04. 「武士の心得として最も重要なものは何か?自分の成し遂げたいもののために、一分一秒、魂を賭してそれに向き合うこと」
重要なものが何かを未だにわからずにいる私はどうすればいいのでしょうか ??

05. 「武士とは、嵐の真っ只中にあろうとも、ひとり立ちすくせる者でなければ価値がない」
これは「立っていろ !」と、言われれば何とか立って入られそうだね。

06. 「何の準備もなく突然の暴風雨に曝されたとしても、慌てふためいたり、逃げ隠れるようなことがあってはならない。雨風に心を乱さず、それを受け入れ我が道を行け」
我が道を行き過ぎて、アジアの片隅 … フィリピン・セブ島にたどり着いた。

07. 「病に伏せたり悩み事に苦しむとき、真の友が誰なのかが分かる。距離を取ろうとするようなら、それはただの臆病者だ」
“真の友”など居ない孤独な道楽親父は「嫁だけを生涯の介護者とする。」だけしかないのだろうか ?!?

08. 「幸せな結婚の秘訣はただひとつ。最初に出会ったときの気持ちを失わないことだ。それができれば、仲たがいの余地は生まれない」
まあ、私にしてみれば幸せな結婚だったのだろうね … 今、現在嫁と25年も一緒にいるんだから !!

09.「忠誠心のある武士を見分けるには、主人に忠実な侍をあたることだ。武士とは精神の深部まで主人に使えることができるもの。それは、主人が亡くなっても続くものである」
私自身自分が先頭に立って走っていくタイプじゃありませんから、今からでも仕えるタイプの人を見つけるべきですね。

10. 「知恵とは、賢者に注意を払うことで備わるもの。愛とは、つねに他人のために努力をし、他人に尽くすことから生じるもの。そして、勇気とは状況に関係なく、固く決意し、どんな障壁をも乗り越えた末に手に入れられるもの」
この両方を兼ね備える何ってことは、なかなか難しいのですね。

11. 「いまこの瞬間、何を為すべきかよりも重要なことがある。人の一生は瞬間が幾重にも重なった上に成り立っている。そのことさえ理解できれば、武士は情熱を傾けて生きるのみ。何も恐れることはない」
“道楽親父道”に励めば”何も恐れることなどない”

12.「人の一生など、まばたきひとつで消えゆく蒸気のようなもの。自らの楽しみを見つけ人生を費やすことだ」
見つけちゃったかな … “自らの楽しみ”ってのを ?!?

13. 「刀を抜いてそれを振るったところで、誰一人あなたと親しく、友となりたいとは思わない。しかし、それを抜かなければ、刀は錆びつき、周囲はあなたを腰抜けと罵る。武士とは、そういうものだ」
そうだな〜 … もう久しく抜いてないですね。”あそこと”同じで”錆び付いて”しまったかもしれません。

14.「ときが経ち、年老いてきたなら、目の前に迫るものを捉えて隠居生活を始めよう。主人への従属を満たすことができる。誰もが優れていれば、抜きん出るのは容易ではない。だが、数が減れば、卓越の境地に達することも、はるかに容易なものとなる」
私自身では「隠居生活」はもう何年も前から始めているような気がします。

15.「武士は、朝が来るたびに死を覚悟するものだ。朝の静寂のひとときに、自分が雷に打たれ、火にあぶられ、刀や槍で切り裂かれる様を想像する。玄関の一歩外が死界という意識を忘れずにいられるかどうか。これは単なる例え話ではなく、運命に対して準備をする武士の方法だ」
「”終活”についてはしっかり考えておきなさい。」ということだと理解して、明日から私も自分自身の”終活”を始めることにしますかね。

武士道が最初に西洋に広まったのは、1900年(明治33年)に新渡戸稲造の『BUSHIDO:The Soul of Japan』が、アメリカで出版されてからと考えられています。ジョン・F・ケネディやセオドア・ルーズベルトをはじめ、多くの政治家や文化人たちに刺激を与えた日本人の精神性。同じ日本人でありながら、現代を生きる私たちには、逆に新鮮に思えることが多いのでは?

なお、この記事はアメリカの媒体に掲載されていた「武士道の言葉」を、再度日本語に翻訳して掲載しているものです。

なんだかややこしいですが、アメリカ人にもその言葉が響いていると思うと、おもしろいですよね。

Licensed material used with permission by i heart intelligence

竜馬のように 唄:河島英五

  • facebook
  • twitter
gundam-mactanbase.long
新聞トップ
BLOG-Cebu
BLOG-Philippines
代表戸締り役
自宅警備員
bnr-SNN
bnr-JSA
vesmo-titletxt-%e9%80%8f%e9%81%8e

道楽親父

  • facebook
  • twitter
PAGETOP
Copyright © 不肖 藁科豊 Mactan Base All Rights Reserved.