不肖 藁科豊 "道楽親父"のこれがセブ島(フィリピン)お気楽生活だ … !

第9回 『フレッシュ・クリーム』クリーム

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2014071600021_1 1966年春、『ブルースブレイカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』のレコーディングを終えるとすぐ、クラプトンは新たな一歩を模索しはじめる。メイオールとの仕事にはそれなりに満足し、バンドでのプレイには自信を持っていたが、なにかが物足りなかった。ベースとドラムスだけをバックに(つまりトリオで)強烈な演奏を聞かせるバディ・ガイのライヴにも触発され、「自分もフロントマンに」と思うようにもなったのだという。自叙伝にはそう書かれている。

 ちょうどそのころ、グレアム・ボンド・オーガニゼイションのドラマーで、ジャズやアフリカン・ビートにも精通したジンジャー・ベイカーが彼に声をかけてきた。「バンドを組もう」。しばらく悩んだクラプトンは「ベースがジャック・ブルースなら」という条件を出した。じつはジンジャーは、やはりGBOに在籍していたことがあるジャックと何度か衝突していたらしく、人間関係に不安があったのだが、ともかくこうして新バンドがスタートしている。

 秘密裏にリハーサルを重ねた彼らは66年7月にライヴ・デビュー。同時に録音も開始し、秋にかけて、デビュー・シングル《ラッピング・ペーパー》とセカンド・シングル《アイ・フィール・フリー》、ファースト・アルバム『フレッシュ・クリーム』を完成させている。ブルース音楽とジャズのインプロヴィゼイション、サイケデリック的感性の大胆な融合を目指す、ロック界初のパワー・トリオ、クリームの誕生だ。

 当初クラプトンは「自分がフロントに」という想いも抱いていたが、この流れのなかで、優れたソングライターであり、複雑なフレーズをベースで弾きながら歌える(経験者ならおわかりと思うが、かなり難しい)ジャックがバンドの中心に立つようになっていく。2曲のシングルは彼と詩人のピート・ブラウンが書いたものであり、『フレッシュ~』はジャック作が3曲、ジンジャー作が2曲、残りは《スプーンフル》、《ローリン・アンド・タンブリン》などブルースのカヴァーという構成だった。

 クラプトンは、時代の変化も敏感に受け止めつつ、「純粋なブルース求道者」から一歩その先に進んだギターを全編で聞かせてはいるものの、リード・ヴォーカルを任されたのはロバート・ジョンソンの《フォー・アンティル・レイト》のみ。遠慮があったのかもしれないが、この時点ではまだ曲づくりには関わっていなかった。

ブルースロックからハードロックへの橋渡しをしたスーパートリオ

どちらかというと、サウンド面において、ビートルズやピンク・フロイドのように積極的に新しさを追求していったわけでもなく、偶然性が強いのだが、クリームの音楽性に対しての評価は高い。

また、トリオという、ロック・バンドとしては最小形態をとりながらも、三者三様の個性を放ち、リーダーもいないままに、3人とも好き勝手に演奏し競い合っていたことが、かえって良い結果をもたらした、珍しいタイプのバンドでもある。

バンド構成メンバー

ERIC CLAPTON エリック・クラプトン(ギター、ヴォーカル)
JACK BRUCE ジャック・ブルース(ベース・ギター、ヴォーカル)
GINGER BAKER ジンジャー・ベイカー(ドラムス)

ヤードバーズ、ブルース・ブレイカーズと渡り歩いたクラプトンは、この頃すでに“ギターの神様”と言われるほど注目のギタリストであり、ブルース・ギターの追求に情熱を傾けていた。

ジャック・ブルースはスコットランドでクラシックを学ぶが、ロンドンへ出た後ブルース・バンドへ加入し、ジンジャー・ベイカーと知り合った。そのベイカーは16歳でドラムを習得し、ジャズ・バンドを転々としていたが、63年にブルースと出逢って、グレアム・ボンド(sax.&or.)と共にトリオ編成のグレアム・ボンド・オーガニゼーションを結成。その後、ブルースは同グループを脱退し、マンフレッド・マンを経てジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズへ加入。そこで、クラプトンと出逢っている。

このブルース、クラッシック、ジャズとバラバラなルーツを持つ3人が、1966年結成したのがクリームで、同年7月3日第6回ナショナル・ジャズ&ブルース・フェスティバルで衝撃デビューを飾った。

彼らは、ファースト・アルバムの「フレッシュ・クリーム」でこそ、いかにもブルース・バンドっぽい音を奏でていたが、つづくカラフル・クリームでは、プロデューサーをフェリックス・パパラルディ(後のマウンテンのベース奏者)に代えたこともあり、ポップな面も強調され「サンシャイン・ラヴ」を全米5位のミリオンセラーにするなど、一躍ビッグスターの仲間入りを果たした。

しかし、クリームの本当の意味での評価は、スタジオ録音よりも、むしろライブ演奏での凄さにあった。彼らの“音”はスタジオ録音盤とライブでは、まっく別バンドの演奏と言ってよいほど違っている。

もともと、凄テク・ミュージシャンでもあった3人は、ライブ演奏となると本領を発揮し、白熱したすごいアドリブ・プレイをみせた。しかも、互いに競い合ううちに、どんどんボリュームが上がり、いつしか巨大アンプを使った大音響バンドへと変化していったのである。

クリームのサウンド自体は、まだ、ブルース・ロックという枠からは抜け出てはいないが、これらのパフォーマンスが当時のロック・バンドに与えた影響はかなり大きかった。

また、クリームのライブでは、その演奏時間の長さも有名だが、一番体力を使うであろうドラムのベイカーは、ドラム連続演奏の耐久コンテストで優勝するなど疲れ知らずで、溢れ出るクラプトンとブルースのアドリブと競い合うようにして長時間演奏を実現した。サード・アルバムのライブ録音「スプーンフル」では、なんと16分以上もの間、白熱したアドリブ・プレイを聞かせている。

だが、バンド内での緊張感があまりにも高まりすぎたことと、あくまでも協調性のない3人の音楽性から、68年には未完成のアルバム「グッバイ・クリーム」を残し解散してしまった。この状況は、解散後にライブ録音と組み合わされてリリースされたこのアルバムを聞けばよくわかる。3人ともバラバラな曲調で、まるで一貫性のないスタジオ・テイク、緊張感がピークに達した素晴らしいライブ・テイクの「トップ・オブ・ザ・ワールド」など、アルバム全体としては寄せ集め的で、最後まで自己の音楽性を貫いた3人の姿が浮き彫りになっている。

メンバーのその後

解散後、クラプトンとベイカーはトラフィックのスティーブ・ウィンウッドらとブラインド・フェイスを結成し、クラプトンはその後も常に第一線で華やかな活躍をつづけるが、ベイカーは、エア・フォースを経て、ベイカー・ガーヴィッツ・アーミー結成へと、さほど目立った活躍はしていない。80年には一時ホークウインドに加入、その後PILの「アルバム」に参加、84年にリック・グレッチ(元ブラインド・フェイス、トラフィック/b)やダニー・ペイロネル(元ヘヴィー・メタル・キッズ、UFO/kb)らとBANZAIというバンドを結成して元気な様子を見せていた。

ジャック・ブルースは、地味ながらもソロ・アルバムを出す一方、マウンテンのレスリー・ウエストとブルース&レイングを結成したり、ジャック・ブルース・バンドとして活動したり、ロビン・トロワー、故フランク・ザッパなどのレコーディングに参加したりと、精力的に活動しつづけている。
クリームは2年という短い活動期間ながら、ジミ・ヘンドリックスと共に、その後ツェッペリン、パープルなどが確立したハードロックへの道筋を指し示したバンドとして、ロック界に対して果たした功績はあまりにも大きい。

これらがたたたえられ、彼らは1993年になって、ロックンロール・ホール・オブ・フェイムにおいて、ロックンロール殿堂入りを果たし、式典でクリームとして3曲の演奏をしてTV中継された。

追記:2003年に突然、英BBC放送に出演した時のライヴをまとめたアルバム「Cream At The BBC」がリリースされた。もちろん貴重音源なので、ファンはぜひとも揃えておきたいところだが、番組の都合上コンパクトにまとめられたソロ・パートなどは、本来のクリームのライヴとはかけ離れたもので、一般の方にはお薦めできないテレビ放送用のライブである。

主なディスコ・グラフィー

1966年 FRESH CREAM(フレッシュ・クリーム)*クラプトン色が強いのかブルースっぽいナンバーが多くちょっと地味。
1967年 DISRAELI GEARS(カラフル・クリーム)*大ヒット曲「サンシャイン・ラヴ」ではクラプトンの若い声が聞ける。ジャケットがサイケしています。
1968年 WHEELS OF FIRE(クリームの素晴らしき世界)*スタジオ盤とライブ盤の2枚組。「クロスロード」のライブ演奏はアノcharも完全コピーしてました。
1969年 GOODBYE(グッバイ・クリーム)*未完成のスタジオテイクにライブを加えた最後のオリジナル・アルバム。「バッジ」はジョージ・ハリスンとの共作。
1969年 BEST OF CREAM(クリーム・ベスト)*未発表テイクも含むベスト盤
1970年 LIVE CREAM(ライヴ・クリーム)*なぜかライナーも付いていない・・・1曲のみスタジオ録音の「ストレンジ・ブルー」別テイク版が入っています。
1972年 LIVE CREAM VOLUME II(ライヴ・クリームVol.II)*真のクリームの姿を知るには、まずこのアルバムから。まったく凄い奴らです!
1995年 THE VERY BEST OF CREAM(ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・クリーム)
2003年 Cream At The BBC(BBCライヴ)*突然リリースされた英BBC放送出演時のライヴ音源集。

ページ制作にあたっての言い訳

まずもって、この個人作成のページは dot. に掲載されたものを、”無断(転載)掲載する記事”であることをお断りしておきます。
私は Eric Clapton のファンであり、1960年代より個人的趣味で音楽を楽しんできた一人として、非常に貴重な資料と思い私の拙いウェブサイトの一角に記したいと思い「無断転載」をしました。著者であります大友氏、関係各位の了承は得てありませんが、日本でも有名なロック・アーティスト … エリック・クラプトンを広く多くの方々の記憶に留めて欲しくてこのようなページを作りました。
非常に第1回〜62回と”長編掲載”になりますが、多くの方にお楽しみ頂ければ幸いです。

プロフィール

大友 博(おおとも・ひろし)
1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。

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