不肖 藁科豊 "道楽親父"のこれがセブ島(フィリピン)お気楽生活だ … !

第15回 『ロックンロール・サーカス』ローリング・ストーンズほか

スクリーンショット 2015-08-09 7.51.52

2014082700027_1 1968年11月26日、ロイヤル・アルバート・ホールで行なわれた2回のコンサートでクリームはその活動に終止符を打っている(翌年2月に発売される最終アルバムの録音もすでに終えていた)。強い刺激を受けたザ・バンドの《ザ・ウェイト》で歌われているように、「重荷を下ろし、自由になった」エリック・クラプトンは、一方で、それなりの達成感と充実感も覚えたという。

 だが、次のステップはまだはっきりとはみえていない。しばらくは、誘われることがあればなんでもトライしてみようと思っていた彼のもとに、おそらくそういう事情もよく知っていたはずのミック・ジャガーから電話がかかってきた。「BBCでの放送を前提にしたスペシャル・プログラムの収録に参加してほしい」。テーマは、ロックンロールとサーカス。

 ローリング・ストーンズは『ベガーズ・バンケット』を完成させたばかりであり、そのイメージとも重なる企画だったのかもしれない。監督は、ビートルズや初期ストーンズの映像をいくつか手がけていたマイケル・リンゼイ=ホッグ。収録は12月11日、ウェンブリーの撮影スタジオで行なわれる。断る理由はなかった。出演予定者のなかにタージ・マハール(ギターはジェシ・エド・デイヴィス)の名前があったことにも惹かれて、彼はその申し出を受け入れた。

 このプロジェクトにクラプトンは、ザ・ダーティ・マックのギタリストとして参加している。ヴォーカルとギターがジョン・レノン、ベースはキース・リチャーズ、ドラムスはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのミッチ・ミッチェル。なんとも豪華な顔ぶれの、一夜かぎりのスーパー・グループだ。不思議なバンド名は、ジョンが決めたものだという。

 サーカスを模した非現実的な空間で彼らが聞かせたのは《ヤー・ブルース》と、ヨーコとヴァイオリン奏者イヴリー・ギトリスをフロントに立てた《ホール・ロッタ・ヨーコ》。『ザ・ビートルズ』からの選曲ということになる前者は、基本的にオリジナル版を踏襲した演奏となっているが、中間部のソロでクラプトンは、強烈な存在感を示している(ギターはクリーム解散公演でも使われたギブソンES-335)。《ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス》同様、これもまた、次の一歩に向けたいい刺激となったはずだ。

『ロックンロール・サーカス』には、ほかに、ジェスロ・タル、ザ・フー、マリアンヌ・フェイスフルらが参加。ストーンズは《ジャンピング・ジャック・フラッシュ》、《ソルト・オブ・ジ・アース》など6曲を演奏しているが、その出来に満足できなかったことなどが原因で、企画そのものはお蔵入りとなっている。映像版、アルバムともに、正式な形でリリースされたのは、1996年。収録から28年後のことだった。

ページ制作にあたっての言い訳

まずもって、この個人作成のページは dot. に掲載されたものを、”無断(転載)掲載する記事”であることをお断りしておきます。
私は Eric Clapton のファンであり、1960年代より個人的趣味で音楽を楽しんできた一人として、非常に貴重な資料と思い私の拙いウェブサイトの一角に記したいと思い「無断転載」をしました。著者であります大友氏、関係各位の了承は得てありませんが、日本でも有名なロック・アーティスト … エリック・クラプトンを広く多くの方々の記憶に留めて欲しくてこのようなページを作りました。
非常に第1回〜62回と”長編掲載”になりますが、多くの方にお楽しみ頂ければ幸いです。

プロフィール

大友 博(おおとも・ひろし)
1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。

道楽親父

  • facebook
  • twitter
gundam-mactanbase.long
新聞トップ
BLOG-Cebu
BLOG-Philippines
代表戸締り役
自宅警備員
bnr-SNN
bnr-JSA
vesmo-titletxt-%e9%80%8f%e9%81%8e

道楽親父

  • facebook
  • twitter
PAGETOP
Copyright © 不肖 藁科豊 Mactan Base All Rights Reserved.